上海のある部屋
ある日、雅也さんは会社の命令で上海に単身赴任することになりました。妻と小さな子供３人暮らしの雅也さんは、上海への単身赴任の命令が出た時に「家族も一緒に連れて行こうかな？」と思った反面、「子どもはまだ小さいし海外生活は色んな面で心配だからやっぱり１人で行くべきかな？」とも思い、悩んだ末、雅也さんは１人で上海に行くことを決めました。
単身赴任することになった上海には、日本大使館が近くにあったので、当時は多くの日本人が赴任して住んでいました。雅也さんが住むマンションは30階建ての23階。23階とはいえ、マンションは大きな道路に面していたため、排気ガスがすごくて窓を開けることもできなければ、洗濯物を外に干すこともできませんでした。そもそもベランダすらなかったのです。
これだけ聞くと最悪な赴任生活に感じますが、部屋には備え付けの洗濯機と乾燥機があり、寝室は２部屋、台所、広いダイニングが1部屋と、１人暮らしには贅沢過ぎるマンションでした。
荷解きをある程度終わらせ、新任地での挨拶が済んで部屋に戻ったのはもう夜。日本時間を考えることなく雅也さんは「部屋のシャンデリアや部屋の様子を家族にも見せてあげよう！」と思い、部屋のあちこちの写真を撮って妻に送りました。
上海と日本の時差は１時間程なので、すぐに返信が来ます。いくつもの部屋の写真を妻に送った雅也さんは「この部屋を羨ましがっているかな？」と、ちょっとウキウキした気持ちで妻からの返信メールを見ました。
すると妻からのメールには「ダイニングテーブルの椅子に座っている女の人、誰？」と書いてあったのです。部屋には雅也さんしかおらず、雅也さんは妻からのメールが理解できませんでした。
ダイニングの一室の見てみると、雅也さんが脱いだコートをダイニングテーブルの椅子に掛けていたため「ああ、これが人に見えたんだ！」と雅也さんは妻からのメールをやっと理解しました。
そのため「それは椅子に掛けた俺のコートだよ！」と妻に返信すると、「いや、女の人だよ？」というメールがすぐに来ました。でも、慣れない環境や1日の疲れで、雅也さんは妻の言っていることがそれほど気にはならなかったのです。
それから毎日目が回る様な忙しい日々を送り、雅也さんは写真のことをすっかりと忘れていたのですが、仕事が終わり夜遅く部屋に戻ると、いつも部屋に誰かが居るような気がしてならないのです。目まぐるしい日々を送っていた雅也さんは睡眠時間も短く、家には寝に帰っているような生活だったため「まあいいか」という気持ちだったものの、なんとなく毎日寝室の鍵を閉めて寝ていました。
そんな生活をしていたある日、雅也さんは内容は全く覚えていないのですが、嫌な夢を見ました。深夜２時に目を覚まし「なんだ夢か…」と安心してまた寝ようとした時、突然玄関の方から何かが割れる音がしたのです。怖い気持ちよりも「なに？」という気になる気持ちが強かった雅也さんは、玄関の方に向かいます。
すると玄関の照明ランプが床に落ち、割れていたのです。雅也さんは「明日にでも新しい照明を買ってこよう！」と思いまた眠りにつきました。それから１ヶ月、また深夜に同じ現象が起きたのです。
「１度ならまだしも２度同じことが起きるのはおかしい…」と、雅也さんはこの時初めて恐怖や疑問を感じました。考えれば考えるほど気味が悪くなってきた雅也さんは、中国人スタッフに直接聞きに行くと「ノープロブレム！」としか言われず、何も知ることができませんでした。
それから３ヶ月程が経った頃、雅也さんの体調が崩れ、微熱が続き、日に日に体調が悪化していきました。原因は不明で、体調不良によって仕事ができない雅也さんは何日も家で過ごすことになってしまいました。
近くの部屋の人はみんな仕事に行っているはずなのに、１日中変な物音や話し声が聞こえ、日に日に雅也さんは誰かの気配を明確に感じるようになったのです。きっと身体も精神の限界に近付いていたでしょう。体調が回復しないまま任期満了となり雅也さんは家族のいる日本へ戻ることとなりました。
実は雅也さんが住んでいた前任者も、その前の前任者も、体調不良を起こして帰国していたそう。この件について雅也さんの会社が事態を重くみて調査すると、過去にその部屋で女性が自殺していたことが分かりました。
雅也さんはこの部屋に住んだことで重い病気にかかってしまい今もまだ治療を受けているそうです。
